会話の含みと慣習的含み

 

  • 文や発話が、それが論理的に含意するわけではないようなことを言語的に含意する仕方がいくつかある。 
    • 「会話の含み(推意)」によって、その文が字義通りには意味しないことを伝える
    • 論理的には同じ意味を持つが異なった含意(「慣習的な含み」)を持つ表現を用いる
    • S1がS2を前提するとき、S1を述べることでS2も「含意」される感じがする
    • ある種の文が持つ「間接的な力」(叙法が示すものとは異なる発語内の力)を利用する
  • この内の最初の2つだけまとめておく。 

 

 

1 会話の含み

 

  • あることが字義通りに含意されているわけではないの「含意」されるようにみえるケース
    • 「伝えられる意味」:Pを意味する文を発話しているが、話し手の中心的な伝達意図が明らかにQを伝えることにある(例:皮肉、あてこすり、遠回しな言い方)
    • 「誘導された推論 (invited inference)」:条件文が双条件文を含むものとして理解される、連言が因果関係や時間的順序関係を含むものとして理解される、など。

 

  • グライスの「会話の含み」理論
    • 最上位の会話的規範:

協調の原理

会話の中で発言をするときには、この会話の目的や方向性をちゃんと踏まえて、自分の発言がどういう位置を占めているのかちゃんと理解した上で、的を射た発言をするべき

 

      • 協調の原理は、以下のいくつかの会話の格率を要約したもの。これらの格率は、情報の授受を効率化するためのルールであり、協調的な話者は従うことが期待されるもの。
        • 量の格率:必要十分な情報を与えるようにしろ
        • 質の格率:ちゃんと証拠を持っていることを言うようにしろ
        • 関係性の格率:関係あることだけ言うようにしろ
        • 様式の格率:完結でわかりやすい言い方をしろ

 

    • 協調の原理に対して話者が取れる態度は4つ。
        • 諸格率に従う
        • ある格率を破る(violate):聞き手にバレないようにこっそり格率違反を犯す
        • ある格率をあからさまに無視する(flout):聞き手が格率違反に気づくように露骨にやる
        • 諸格率から身を引く(opt out):ゲームのプレイそのものを拒む(例:会話自体を拒絶する)
      • いずれの振る舞いも、聞き手にある推論のライセンスを与える

 

      • グライスのアイデア:会話の含みの伝達は、上の諸格率に基づいて推論が聞き手の側で行われるとすれば説明できる。
        • 話し手が格率に従っていると期待される場合:「彼はpと言った。彼が協調の原理に従っていないと考える理由はない。だが彼が協調の原理に従っていると言えるのは、彼がqと考えている場合に限られる。ところで彼は、彼がqと考えているということを想定すべきだということを私が理解できる、ということを知っているはずだ。彼は私がqと考えるのを思いとどまらせるようなことは何もしていないので、私にqと考える余地を自ら与えている。ということは、彼はqを含みとしたのだ」
          • 例:誘導された推論:「彼らは恋に落ちた。そして結婚した」
            • 「話し手が協調の原理に従っていないと考える理由はない。したがって、簡潔かつ曖昧さのない言い方をしているはずだ。もし結婚のほうが恋に落ちることよりも先立ったとすると、この言い方は不明瞭な言い方だ。協調の原理に従っているといえるのは、恋に落ちることのほうが結婚よりも時間的に先立つ場合のみだ。それに話し手は、私がこのような順序関係で捉える余地をあえて与えているし、そう想定すべきだということを私が理解できることも知っている。であるからには、恋に落ちるほうが時間的に先立つということを含みとしたのだ」
          • 遠回しな言い方:「ドアはあちらです」
            • 「一見関係性の格率を無視しているように見えるが、彼が協調の原理に従っていないと考える理由はない。関係性の格率を守っているのなら、ドアの位置が彼の言いたいことと関係があるはずだ。私に出ていってほしいと考えているのなら、彼は協調の原理に従っている。ところで彼は、そのことを私が理解することを期待しているはずだし、そう私が考える余地をわざわざ与えている。ということは、彼は「出ていけ」ということを含みとしたのだ」
          • 尺度推意(scalar implicature)「殆どの生徒が満点を取った」…全員満点でも真だが、聞き手は「満点を取れなかった人もいるんだな」と思うはず。これは次のような推論による。「もし全員が満点を取ったのなら、「全ての生徒が満点をとった」と述べるほうが情報量が多い。よって話し手が量の格率を守っているのは、全員が満点を取ったのではない場合に限られる。あえてそういう発話をしたということは、全員が満点をとったわけではないということを伝えたいのだろう」

          • 格率違反をこっそり犯す場合…実際には格率に従っていないが、従っていると聞き手が期待して上のような推論を経て「q」だと信じてくれることを意図して「p」と言う、みたいなことはある。あえて関係ないことを言って相手に勘違いをさせるとか。直接「q」と言っているわけではないので責任逃れにもなる。

 

        • 話し手が格率を露骨に無視している場合
          • 「X嬢が一連の音声を発したが、それは『~』の楽譜と緊密に対応していた」
            • 「話し手はあからさまに様式の格率を無視している。あえて「歌っていた」というシンプルな言い方をしないということは、X嬢の歌いぶりには通常「歌う」という語が適用される事態とは著しく違ったことがあったということなのだろう。つまり下手くそだと言いたいのだろう」
              • (様式の格率をあえて無視する目的…失礼にならないようにする;責任を逃れる etc.)
          • その他の例:皮肉(質の格率に違反)

 

    • 会話の含みの重要な特徴:
        1. 計算可能:上に述べたような仕方で推論できなきゃダメ。そういう推論がない場合は、含意が何かあるとしてもそれは会話の含みではない。
        2. 取り消し可能:会話の含みを導出する推論は阻止できる。

 

 

  • グライスの立場の問題:
    • 以上の、会話の含みを導出する推論は2ステップに分かれている。(1) 話し手の意味は発話されたその文の文字通りの意味ではない(否定的推論) (2) 話し手はこれこれを実際には意味している(肯定的推論)
      • Davis:2ステップ目(話し手の意味の確定)がどうやって可能なのかについてグライスは何も言ってねぇ!俺たちは皆、問題となる文が何を含みとするのかをすでに知っているから、なんとなく(2)の方をスルーしちゃうけど、含みを前もって知らない聞き手が話し手の意味を推論する手がかりは何なのかをホントは考えなきゃいけないんだ。
      • 関連性理論(会話のメカニズムや含みの伝達は全部「関連性」だけで説明できるぜ)の人たち…そもそもグライスは、(1)のステップにおいて「意味論によって文字通りの意味(真理条件的意味)を特定し」、(2)のステップで話し手の意味を特定する、というモデルをとるが、1ステップ目の「文字通りの意味」の特定は、語用論的な情報がないとできなくないですか?

 

    • 表意(explicature):
      • ステップ(1)に関する問題を解決するために関係性理論の人たちが持ち出す概念。
      • 発話の表意:どんな命題が表現されているのかを決めるために必要な語用論的な情報でもって拡張された意味論的内容
        • 曖昧だったり不完全だったり何が指示されているのかパッと見ただけではわからん表現を含んでいたりするような文が発話されたら、我々は語用論的情報を補って、何が言われているのかを特定しようとするはず。そうやって情報を補うことで帰結する意味論的内容が表意。
        • 関連性理論によると…
          • どうやって情報を補うのか:何が関連しているのかに関する想定から計算できる
          • 更に、出てきた表意と関連性の想定をあわせて、含みの計算がされる
        • イカンの言語哲学の教科書によると、表意は取り消し可能であり、取り消されない場合は「言われたこと」として理解されるらしい。「会話の中であまり間を開けずに話し手がその[…]含意を取り消さないのであれば、話し手は[…]ということを(単に含意したと言うだけではなく)言ったものと見なされる」(邦訳 p. 274)。ただし、表意が「言われたこと」になるのかについては賛否両論らしい。また、表意は取り消し可能ではない、という論者もいるらしい。

 

2 慣習的な含み

 

  • 慣習的な含みは、話し手が言っていることではなく、含みとしていること。言われた文の真理条件とは関わらない。それゆえ含みの一種。

 

  • 会話の含みとの違い:
      1. 慣習的な含みは、推論に基づかない仕方で瞬間的に理解される〔言われる文脈とかも関係なくその含みは伝達される〕
      2. 慣習的な含みは取り消し可能ではない

 

  • 例:「クローバーはラブラドールなのに友好的だ」。
    • 「なのに」はラブラドールと友好的であることの間にはコントラストがあるという話し手の信念に関する情報を伝える。しかしこれはこの文の真理条件には関係ない。
    • andとbutのニュアンスの違い
    • 「だから」
    • 「~も(too)」